2010年5月9日
ジュネーブから、「サウスセンター」のMartin Khor事務局長が「WTOの終焉」という題で文書が送られてきた。以下はその抄訳である。
WTOの「ドーハ・ラウンド(交渉)」は最大のデッドロックに嵌ってしまったようだ。行く手には何の明かりも見えず、将来交渉が成立する見通しはほとんどない。
さる3月の最後の週に、ジュネーブのWTO本部で開かれた「棚卸し作業」と呼ばれる最後の交渉は、何の方向付けもなく、今後、閣僚や高官レベルの会議が開催されるという日程もなくて終わった。まして、今年末までに交渉を終えるという「目標」を口にする人もいない。それはとっくに諦めていた。
「ドーハ・ラウンド」は、9.11直後の2001年11月、カタールの首都ドーハで開かれた第4回閣僚会議で始まった。当時、途上国は新しいラウンド(交渉)に入ることに強く反対していた。WTO発足以前の「ウルグアイ・ラウンド(GATT)」でさえ検討しきれていない、というのがその理由であった。ちなみに途上国はGATTに参加していなかった。
途上国をなだめるために、「ドーハ・ラウンド」は「ドーハ作業プログラム」と改名され、非公式には「ドーハ開発ラウンド」と呼ばれるようになった。
1.ラミーの最終草案
以後9年の年月が過ぎた。いまでは交渉のなかで「開発」という字は全く消えてしまった。そして、先進国の本当の狙いが明らかになった。それは途上国には市場開放を求め、一方では、農産物と労働市場という自分の庭の芝生は守るというものであった。
最近パスカル・ラミー事務局長が提出した最終草案では、農産物と工業製品の自由化のついて述べている箇所は、バランスを欠いている。草案は、低開発国(LDCs)を除く途上国に対して、先進国よりも大きなコミットメントを要求している。とくに、米国とヨーロッパは、巨額の農産物補助金を出していて、非効率的な農業経営者やアグリビジネスが世界市場を制圧できるようになっている。その結果、途上国の小農民を破産させている。
また途上国は、先進国からの工業製品の関税を大幅に引き下げることを求められている。ある国は60%の引き下げ率になり、結果として途上国の関税は平均して15%以下になってしまう。これでは、途上国の工業開発の展望は全くない。途上国の企業は先進国の工業製品と競争できない。
2.米国の更なる要求
このように、米国にとっては有利な草案であるにもかかわらず、米国はこれより以上の譲歩を途上国に迫っている。とくに、中国、インド、ブラジルなどに対しては石油化学製品、工業機械などの関税をゼロにしろと言っている。米政権は、農産物の補助金に対する最小限度の削減について、不満だと非難する米議会と世論に直面している。
ジュネーブ駐在の中国代表は、「中国は、草案ですでに譲歩しているので、米国の更なる要求を受けいれることはできない。これでは中国の最も重要な工業に打撃を与え、一掃してしまうだろう」と語った。
途上国側は、このような米国の態度を「卑怯者」と嘲っている。米議会の動向に左右される米国代表に対して、途上国にも世論がある、そして、農民たちは自国の農業や工業が破壊されるのを、許す筈がない、と語った。
WTO本部で開かれた「棚卸し作業」の会合で、南アフリカのFaisal Ismail大使が、途上国を代表する発言を行なった。「米国は、ドーハ・ラウンドの中で、最も重要なプレイヤーであるが、このように多国間交渉で作業した草案に基づいて交渉することに反対している。これは許せないことだ。米国では、選挙区や企業のロビイストたちが、途上国、とくに新興国の市場を開放することを要求している。これが、交渉の行き詰まりの主要な理由である」と語った。
またIsmail大使は、アインシュタインの言葉を引用して「同じ事を何度も繰り返し、違った結果を期待するのは愚者だ」と決めつけ、先進国に対して「重商主義的なアプローチをやめ、公正の原則を維持し、開発という項目を忘れないで、かつ多国間貿易システムの持つ価値を再確認することだ」と語った。
途上国のG20を代表して、ブラジル大使は、「草案の中に込められてデリケートなバランスを尊重すべきだ。そうでなければ、G20は、パケージ全体を再調整しなければならない。途上国側から追加の譲歩を引き出すことは出来ない」
ラミーWTO事務局長は、「各部会の委員長による交渉は続ける。またラミー自身が会合を召集することもあるだろう。地域別の会合も開かれるだろう」と語っている。
しかし、「棚卸し作業」が、今後の上級代表の会合や小閣僚会議の予定を決めずに終わった。また、先のG20サミットで決めた年内にラウンドを終わらせるという提案も、消えてしまった。
これまでは、米国が農業補助金を縮小するのを待ってきた。だが、今では、米国が理不尽な要求を引き下げるのを待つしかない。