2011年8月
北沢洋子

1. IMFの理事数をめぐる米欧の戦い
 昨年10月、IMFは、ガバナンス改革案を発表した。到底改革と呼べる代物でなかった。これは、注目を集めていた改革案であったため、失望は大きかった。
 なぜなら、結局、ヨーロッパの理事の席をめぐって、米・ヨーロッパ間の持久戦となってしまったからである。加盟国の投票権、専務理事の選出法などの改革といったIMFの重要事項は先送りになってしまった。その結果、先進国がIMFの投票権の3分の2を独占するという事態は、これからも、続くことになった。
 IMFの理事の任期は、昨年10月末に切れることになっていた。これは、議席の改革にとってチャンスであった。米国は、ヨーロッパの理事の議席を減らすという案を飲ませようとした。そうすると、新しい協定が出来るまでの間、これまでの24議席から、20議席に減ることになる。これは、投票権が少ないブラジル、インド、アルゼンチン、ルワンダが、一時的だが、議席を失う恐れが出てきた。
 9月半ば、ドイツのSchaeuble蔵相が、「米国は拒否権を放棄するならば、その代償として、ヨーロッパは4つの議席を放棄することに同意する」という妥協案を提起した。24議席であろうが、20議席に減ったとしても、依然として、米国は17%の投票権を持っており、これは事実上の拒否権になっている。
 昨年8月、アフリカの蔵相が、一致して、IMFのガバナンス改革が、一向に進まないことに業を煮やして、ヨーロッパに対して、「第3の議席をアフリカに寄越せ」と圧力をかけた。なぜなら、IMFは、融資、アドバイス、技術援助といった広い分野でアフリカに深くコミットしているからだということがその理由であった。
 一方、中国は、すでに理事だが、先進国並みの議決権を要求している。もし、中国がIMFの上位5大国に入るならば、これまでの5カ国の中からフランスが追い出されるだろう。
ベルギーやオランダなどヨーロッパの小国は、その議席を死守するのに躍起となっている。彼らは、IMFが、ギリシアの例のように、介入の範囲や規模をヨーロッパに拡大していることを理由に挙げている。
 ヨーロッパは、このような米国との戦いにおいて、これまでの9議席を維持することが出来た。IMFの改革原案には、ヨーロッパの議席は3~4となっていた。今年5月に失脚したシュトラス=カーン専務理事は、「ユーロ圏からの議席は1つでよい」と発言した。また、9月には、ヨーロッパ中央銀行のトリシェ総裁が、「ヨーロッパは、IMFでの影響を維持するために、統一した発言を必要としている」と語った。

2. その他の懸案は何も進展せず

 今回発表されたIMF改革案が、理事会の議席をめぐる米欧の戦いに終始してしまったので、本来の懸案であったIMFの出資比率や、それに伴う投票権などについての議論は霞んでしまった。提案されていた内容は、「“少なくとも”5%のシェアを途上国に譲る」ということと、「出資比率の形態の改革」であった。もしこれが採択されれば、これまでIMFを支配してきた先進国の勢力は弱まるだろう。
 また、「低所得国のシェアを保護する」という課題も危なくなってきた。今回の改革案には、これまで、中所得国マイナスと規定され、「貧困削減成長基金」の対象とならなかったアルメニアやキルギスなどを、新たに低所得国のカテゴリーに加えると書いてあるだけである。
昨年7月、当時のシュトラウス=カーン専務理事は、「IMFの総融資額を2500億ドル増やす」と発表した。これで、総額1兆ドルになる。このことは、出資額が倍になるわけで、かねてから途上国のG24が要求してきたところである。このことによって、投票権のシエアが途上国にとって有利になり、それでIMFの資金へのアクセスも拡大することになる。またIMF側も、これまでの、「新規借り入れアレンジメント」にもとづいて、先進国から臨時に外貨を借り入れることもなくなるだろう。
 いずれにせよ、昨年10月に発表された「IMF改革案」は現状を変えるものでなかった。

3. IMFは危機時の融資ではなく、危機防止に重点を置くべきだ

 IMF改革の最重要課題は、これまでのように危機発生後に、最後に救済融資する機関ではなく、危機の防止に専念するべきであるということに尽きる。IMFは「金融安定化のためのグローバルな公共財」であるべきだ。
 そのことは、すでにIMF設立当初の「協定項目(Articles of Agreement)」に書いてある。IMFは、「為替レートの安定的システム」「持続可能な経常収支のバランス」「秩序ある為替取引のバランス」である。さらにIMFは、国家レベル、グローバル・レベルともに経済・金融の監視を行い、不安定化と危機を防止するために、加盟国に政策助言を行い、外貨不足に陥った国に、調整を可能にするために融資する、などが本来の業務である。
 しかし、これまでIMFが、金融の不安定化や危機を阻止したという記録はほとんどない。1970年代、旧ブレトン・ウッズ体制の崩壊後、主要通貨の乱高下、貿易赤字の永続化、経常収支の赤字、先進国と途上国ともに、グローバルな影響を与えた債務と金融危機が繰り返し発生した。
 IMFは、また、金融不安的化・危機に陥った国に、誤ったマクロ経済政策、為替レート、金融政策を押し付けてきた。その結果は、グローバルな通貨、金融界に予想を超える大きな影響を及ぼした。また広範な金融自由化を押し付けたために、グローバルな資本が暴れまわった。
 IMFが金融の不安定化・危機を防止することが出来ないために、IMFから融資を受ける必要のない加盟国、あるいは外貨黒字国、とくに大量の資金が流れ込んでいる新興国に対しては、介入、規制をすることが出来ない。これらの国は、ほとんどIMFの融資を必要としていないようだが、実際には、金融が不安定化する芽は存在している。
 2010年5月26日、国連作業グループのパネルにいたIMFの代表は、「IMFは金融機構の改革については“ボランタリーな機関である」と語った。ということは、任務ではない、と言うことだ。IMFは確かにボランティアである。IMFは一般的にいって金融の崩壊が近づいていることや不安的化と危機を予測し、事前に警告を発することはが出来ない。それは、金融市場を、盲目的の信頼しているためである。
 「サブプライム騒ぎ」では、IMFは、それまでの半世紀余りの中で、最大の失態となった。また、IMFは、途上国に対しても、何度も、危険な資本の流入、持続可能でない為替レート、為替支払いや債務を警告することが出来なかった。またIMFは、桁外れに大きい規模の融資を行うことから、途上国が、債務不履行に陥ったとき、債権者の資産争奪の餌食となる。
一般的に言って、危機の際のIMFの救済融資は、まず国際的な債権者に債務を返済させ、さらに「オープン・キャピタル・アカウント」を維持させることにある。それは、債権者と債務者の間に、不公平な「バードン・シェアリング」をもたらす。
 たとえば、民間債務がIMFに対する債務に転換されることがあるが、この場合、債務帳消しはほとんど不可能である。ヨーロッパなど、最近起こっている金融危機や債務返済不履行は、民間部門の債務が増加したことから始まっている。これらすべて、モラル・ハザードにつながり、金融市場を規制することを妨げている。投資家や債権者たちは、自ら犯したリスクの結果から、責任を逃れているからである。
 IMFの第1の任務は危機の際の救済融資ではなく、危機の防止であるべきだ。
 それには、IMFの金融・経済監視の質を高めなくてはならない。また、経済のグローバルな相互連関性が高まっている中で、通貨と金融についての多角的規律は、貿易など他の分野よりも重要である。加盟国にとってもマクロ経済、為替レート、債権者に対する金融政策などについて、ある程度の多角的規律を理解する必要がある。

4. IMFの金売却の利益

 昨年12月、IMFは、保有していた金を売却した。すでに、当時、金の市場価格は、歴史的な高価格であったので、2008年に予測していた値段より、28億ドル分のプラス差益が出た。
 金売却に関しては、ジュビリー時代にすでに、70年代、IMFが所有していた金の価格は1オンス35ドルという超安価格で計算されていた。ジュビリーは金を売って得た「差益をIMFの債務帳消しに充てろ」とキャンペーンしてきた。
 しかしIMFは、「IMFが大量の金を売れば、市場が混乱する」「IMFの資産が減る」などといって、ジュビリーの要求を無視してきた。
 今回、IMFは、資金不足を補うために金を売却した。その差益を、「債務帳消しに充てる」あるいは「災害後の復興資金として贈与」にせよというジュビリーの声を無視して、「新しい収入モデル」、あるいは「IMFの預金」として内部保管することに決めた。これは、財政が逼迫しているIMFのスタッフの賃金に充てられる、ことを意味する。