2014年10月11日
北沢洋子
1.国連安保理のISIS決議
さる9月24日、国連安全保障理事会は、首脳級の会合を開き、全会一致で「イラクとシリア・イスラム国(ISIS)」対策を決議した。安保理が首脳級の会合を開くのは、珍しいことで、国連創立以来の70年間に、これで6回目である。折から開かれていた国連総会に首脳たちが出席していたという背景がある。
決議は、欧米から多数の若者がISISに集まっていることを取り締まる「具体的な措置」を講じるよう各国に求めるというものであった。
これは安保理の議長を務めたオバマ大統領のほとんど恫喝にひとしい発言が功を奏したのであった。彼は「ISISに合流した若者が、聖戦戦士(ジハディスト)として訓練を受け、やがて帰国して、本国で致命的な攻撃をしようとした例がこれまでにもあった」、そして、「彼らが帰国して、テロを起こす可能性があるとして、対策をとる必要がある」と言った。
オバマ大統領は、「これは歴史的な決議だ。そして安保理決議には、法的拘束力があるので、加盟国は、具体的な措置をとる義務がある」と語った。
2.聖戦戦士を育てているのは?
米国政府によると、すでに欧米などから1万5千人以上の若者がイラクやシリアに渡り、ISISの戦闘員になっている、と言う。国連加盟国は、①、彼らがイラクやシリアに渡航したり、自国に戻ったりすること禁止し、②、彼らの資金の移動を制限し、さらに、③、彼らの動向について情報交換することを義務づけられた。
しかし、国境を越えて移動する聖戦戦士たちを追跡するのは困難である。フランスの情報機関「対外治安総局(DGSE)」によると、「1人を24時間監視するには、30人が必要だ。現実的にはほぼ不可能」と言う。
実際、ヨーロッパの例では、聖戦戦士を育てているのは社会そのものだと言える。彼らは、北アフリカや中東からの移民の子孫、あるいはキリスト教からイスラム教に改宗した若者が多い。彼らは、社会的、文化的な疎外感や、移民排斥を唱える右翼政党の台頭に危機感を持っている。そして、国境を超えるソーシャルメディアを通じて「聖戦」に参加していく。
3.シリア空爆のアラブ有志連合
国連安保理決議の前日9月23日、米国は、ついにイラクでのISISに対する空爆をシリアに拡大した。これに対して、サウジアラビア、バーレーン、アラブ首長国連邦、カタール、ヨルダンなどシリア周辺のアラブ諸国が軍事作戦に加わった。
これらは、すべて王政の国である。王たちは、直接ISISの攻撃を受けるか、あるいは自 国民がISISのカリフと称するバグダーディに影響を受けることを、恐れている。
また、宗教の面でも、サウジアラビアなどアラブ有志連合も、ISISも同じスンニー派の「ワハビズム」の系譜に属する。ワハビズムは18世紀、アラビア半島に生まれたイスラム教の宗派で、イスラム教コミュニティの純化のために、異教徒を殺すことを伝統にしてきた。
アルカイダは暴力を目的達成のための手段としているが、ISISにとっては、暴力はイデオロギーの一部である。シリア政府軍や、米国人ジャーナリストなどのISISの斬首処刑などは、その象徴的事件である。
オバマ大統領は、「シリア空爆は、米国だけの戦いではない。中東の有志連合を含めた世界対ISISの戦いだ」と述べた。さらに、これまで米国の敵であったイランに対してもISIS問題で接近している、という報道もある。
10月3日、米国訪問中のオーストラリアのアボット首相は、記者会見で、「イラクとシリアのISIS空爆を開始する。そのために戦闘機1個中隊を派遣する。と同時に、米、英、カナダ3カ国によるイラク政府軍の訓練に参加するために、600人の軍事顧問を派遣する」と語った。米国にとって、このオーストラリアの参加は嬉しいニュースであった。
と言うのも、最も聖戦戦士の帰国とテロに脅威を感じているヨーロッパ諸国が、シリア空爆に慎重だからである。たとえば、フランスは、9月25日にイラク空爆を開始したが、シリア空爆作戦には加わらないと言っている。英国も、9月30日、イラク空爆を開始したが、シリアに対しては否定的である。ベルギー、デンマーク、オランダなども、空爆はイラクに限るという姿勢を崩していない。
同じイスラム国で、同じクルド少数民族問題を抱えるトルコは、米国の空爆に国内基地の使用を拒否してきた。しかし、ISISに拘束されていた人質のトルコ人49人が解放されたこと、またシリア国境の町アインアルアラブ(クルド名コバニ)でのISISの攻撃が強まってきたことなどから、10月2日、トルコ国会は、米国の軍事作戦に協力する動議を可決した。
それは、① シリア領土内の難民保護を目的とした緩衝地帯(安全保障地帯)を設けること、② 米軍のトルコ国内での活動と基地使用、③ トルコ軍の国外での軍事活動、をトルコ政府に認める、という決議であった。
これまで、国連安保理において、シリアのアサド政権を擁護してきたロシア、中国も、ISISに関しては、それぞれ国内にチェチェンやウイグルなどイスラム少数民族を抱えていることもあって、米国のシリア空爆に反対していない。
これら慎重派は、「アサド政権からの要請もなく、国連安保理の決議もないので、国家主権の侵害や国際法違反になる」と、主張してきた。しかし、9月24日の安保理決議がロ、中を含めて全会一致で採択され、また、アサド大統領が、米軍の空爆が始まった9月23日、「シリアはテロと戦う国際社会の努力を支持する」として、ISIS空爆を容認」した。ということは、「国家主権侵害」と「国際法違反」という2つの反対理由はなくなった。
米国のイラク空爆は、ISISの攻撃からイラク政府を守るという大義があるが、シリアにかんしては、微妙である。というのも、ロンドンにある「シリア人権監視団」が「シリア政府軍が、昨年8月21日、ダマスカス郊外で、反政府勢力に対して毒ガスを使用したと発表した。かねてから、「アサド政権が毒ガスを使用した場合、空爆を始める」と宣言してきたオバマ政権は、ISISに対する空爆が、アサド政権を利することになるからだ。
空爆開始以後、さまざまなルートを使って、オバマ政権はアサド大統領に対して、「アサド政権をターゲットにしていないこと」を伝えている。これに対して、アラブの有志連合であるサウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦などは、米国が、「アサド打倒に乗り気でない」ことに不満である。
4.シリア空爆の法的根拠
米国のイラク空爆は、ISISによって米国人記者2人が殺されたことに対する「個別的自衛権の行使」を法的な根拠にしてきた。
シリアについては、9月23日、パワー米国連大使が、「国連憲章51条にもとづく自衛権の行使」だとする文書を、潘基文事務総長に提出した。ここでは、個別的自衛権の行使というこれまでの法的根拠に加えて、「ISISの攻撃に晒されているイラクから、シリア空爆を要請された」として、他国が攻撃された場合に反撃する「集団的自衛権」の行使である、と述べた。
安倍政権は、あらたに集団的自衛権の行使と、自衛隊の活動を「非戦闘地域」という枠組みを廃止し、「戦闘地域」にも拡大するという閣議決定をしている。10月2日、参議院の代表質問に対して、安倍首相は、「米国から対ISIS戦争への軍事参加を要請された場合」は、「軍事的貢献でない形で協力するが、今回の空爆には参加しない」と答えた。
しかし、この閣議決定が国会で採択された後は、大手を振るって、「EU並み」のイラク空爆に参加するだろう。それは、来春の地方選挙後という短い時間しかないのだ。
5.ISIS空爆の効果は?
ISISに対する米軍の空爆は、効果をあげているだろうか?答えは「NO」である。
9月末の段階で、イラク空爆は8週目に入った。シリアに対しても1週間が過ぎた。しかし、毎日、空と海から爆撃を続けているにも関わらず、戦況は一向に好転していない。
「地上部隊を投入せざるを得ない」というのが国防総省(ペンタゴン)の主流的な見方である。
シリアでは、米軍は、ISISの建物や車両、資金源を断つために石油施設なども空爆している。これはISISの資金源を断つためだ。ペンタゴンは、連日、その映像を「ユーチューブ」で公開し、成果をアピールしている。
しかし、実際には、ISISの勢力拡大を食い止めることが出来ない。例えば、9月16日、ISISは、政府軍」が固く守っているダマスカスの住宅街に、迫撃砲を撃ち込んだ。空爆だけでISISの組織、戦闘員を壊滅させることは不可能である。
米国は、戦闘部隊を派遣しない代わりに、地上のイラク政府軍に少数の米軍事顧問団を送って訓練する、またシリアでは、反体制派の「自由シリア軍」に武器弾薬を援助するという戦略をとっている。しかし、これには、時間がかかる。
すでに8月上旬から、連日、空爆を続けているイラクの戦況を見てみよう。 例えば、9月21日、ISISは、バグダッドの西方アンバール州ファルージャ近郊にあるイラク政府軍のサクラウィバ基地を攻撃したことがあった。ここを守っていた政府軍兵士は、ISIS軍に包囲され、4日間食べるものもなく、塩辛い水しか飲めなかった。ろくな戦闘もなかったにもかかわらず、300人が戦死し、200人が脱走した。
また同じアンバール州のラマディでは、9月末、ISISとの戦闘で弾がなくなり、150人の政府軍兵士が脱走した。 アンバール州の政府軍は特別の歴史を持っている。7年前、アンバール州では、スンニー派民兵が、米軍の支援で、アルカイダ系の戦闘員を追放した。やがて、彼らは「スンニーの目覚め」と名付けられ、正規軍に編入された。しかし、その後、バグダッドのシーア派独裁のマリキ政府が、彼らに差別感と疎外感を起こさせ、ISISに追いやることになった。
戦線脱走は、スンニー派兵士だけでない。これまでにイラク政府軍は3万人の脱走兵を出している。それも、今年6月、ISIS軍がシリアからイラクに侵入して以来の短い間のことである。
9月24日付けの『ニューヨークタイムズ』紙は、依然としてISISがイラクの国土の4分の1を支配している、と報じている。また、オバマ大統領は、9月28日、CBSの番組『60 Minutes』に出演し、「シリアでISISが台頭した時、米情報機関が過小評価した」「同時にイラク政府軍を過大評価していた」ことを認めた。
6.ISISの歴史
10月2日付けの『ニューヨークタイムズ』紙は、ISISの歴史的な検証を行った。それによると、ISISは12年、まずシリアで活動が始まった。これは、シリアでアサド政権打倒・民主化のデモが始まった1年後のことであった。
13年、他の反体制グループと連携して、シリア北部、ユーフラテス河の北岸に位置したラッカを攻略し、共同でコントロールしていた。
ところが、14年1月、ISISは単独で、ラッカを支配し始めた。同時にISISは、シリアの国境を越えて、イラクに進軍した。たちまち、ISIS軍は、アンバール州のファルージャ全市と同州最大の都市ラマディの一部を占領した。さらにトルコとの国境沿いの町数カ所を攻略した。
米情報機関によると、アルカイダの長であるザワヒリが、ISISの活動をイラクに限定しろと言ったことを拒否したので、破門した、と伝えている。
9月20日(土)に開かれたバグダッドでのシーア派のデモで、反米のサドル師が、「ISISは米CIAの創造物だ」と、公然と批判したと伝えられる。
9月22日付けの『ニューヨークタイムズ国際版』によると、イラクのアラジ副首相をはじめ、30人を超える国会議員のなかに、ISISの「CIA陰謀説」が広がっていると、報じている 。
今年3月、国防情報局長のマイケル・フリン将軍は、議会に最近のファルージャやラマディでの戦闘を見ると、ISISがイラクとシリア全土を攻撃することは明らかである」と議会の「年次脅威報告」で証言した。
今年6月、ISISはイラク北部に進軍し、イラク第2の都市モスールを占領した。そして、バグダッドに向けて南進を開始した。同時にアンバール州の各都市を占領した、
8月には、イラク最大のダム(貯水池)を攻略した。そして北部のクルド族と戦闘を始めた。
7.シリアのアルカイダ武装勢力
これまで、米情報機関は、シリアの反政府勢力の中でアルカイダと連携しているテロ組織として、「ヌスラ戦線」を挙げてきた。この組織は、シリアの内戦中の12年1月23日に結成され、他の反政府武装組織である「自由シリア軍」と連携してアサド政権と闘ってきた。
ヌスラ戦線が、アルカイダのザワヒリから、アルカイダの正式な支部として認められたが、闘いは国内に限られ、敵はアサド大統領であった。にもかかわらず、米国はヌスラ戦線を、「テロ組織」に指定している。しかし、ヌスラ戦線を、オバマ大統領が主張する、「シリアで訓練を受け、本国に帰国して、テロ攻撃をする」危険があるという恫喝は通用しない。
新たに登場したISISについても、同じことが言える。米国は、ISISを「テロ組織」と認定したが、ISISが、アサド大統領をターゲットにしており、欧米諸国でのテロ攻撃を目的にしていない、という点では、ヌスラ戦線と似ている。
ただし、ヌスラ戦線が自由シリア軍など反アサド武装勢力と連携しているが、ISISは、もっぱらイラクとシリア(次には、レバノン)に領土を拡張することに集中している。
9月26日付けの『ニューヨークタイムズ国際版』によれば、米情報機関は、シリア北西部に、アルカイダのシリア支部として「コラサン・グループ」の存在を明らかにした、と報じている。この名前は、米情報機関が命名したもので、正誤のほどは明らかでない。
クエート生まれのMuhsinal=Fadhli(33歳)が、13年のある時、イランからシリア北西部に潜入し、アルカイダのメンバーとともに、「コラサン・グループ」を誕生させた。彼は、ビン・ラディン後のアルカイダの長であるアイマン・ザワヒリによって派遣された。このグループは、インターネットを使わず、スポットライトを浴びるのを避けてきた。それが、9月23日、突然、米情報機関のアンテナにかかり、空爆のターゲットになった。
しかし、この空爆で、Fadhliが死亡したのか、米情報機関も確認していない。
8.米欧諸国の国内弾圧
ISISに対する有効な鎮圧手段がないが、「聖戦戦士が帰国して、テロを行う」という宣伝は功を奏しているようだ。その結果、米欧諸国では、国内のイスラム教徒に対する弾圧を強化している。
ヨーロッパでは聖戦戦士のリクルートの中心地と見られているのは、ベルギーである。9月30日、アントワープで「イスラム法4ベルギー(Sharia4Belgium)」の46人の法廷が開かれた。これは、過激なイスラム教徒の組織で、シリアへのボランティアーを送っていた、という容疑が掛けられていた。
ベルギーの夕刊紙『Le Soir』は、この裁判はベルギー史上最も重要なテロリストの裁判である」、そしてこの組織は、「これまでに、38人の戦士をシリアに送ったとされる。その中で、9人がすでに戦死した」と報じている。
英国では、テロ行為への加担が疑われる人物に対し、パスポートの没収や渡航禁止などの措置を強化した。
ドイツでは、ISIS支持者の会合や寄付、公共の場でのISISのシンボルマークの使用、インターネットを通じた勧誘を取り締まることになった。