2008年12月15日
北沢洋子

 07年12月17日付けの『インターナショウナルヘラルドトリビューン』紙によると、ノルウエイ政府のいわゆるソベリンウエルスファンド「Government Pension Fund- Global」がインドのVedanta Resource社の投資から撤退したことを報じた。
 それは、07年11月19日、ニューデリーのノルウエイ大使館に、インドの山岳民族の一行が訪問したことに始まる。伝統的な民族衣装をまとった彼らは、Dongria Kondhグループに属し、はるばるオリッサ州のNiyamgiri丘陵から、ノルウエイ政府に、彼らの土地に投資している英国の金属工業Vedanta Resource社への投資を撤退したことに感謝の意を表しに来たのであった。投資額は1,400万ドル、同社の株式の0.16%にあたる。
 Dongria Kondhたちは、長い間、英Vedanta社の投資計画に反対してきた。それは同地にボーキサイト鉱山とアルミの精練工場を建設するという8億5,000万ドルの開発プロジェクトであった。Dongria Kondhによれば、このプロジェクトは彼らの生計、伝統文化、それに水源を脅かすものであるという。
 Dongria KondhはNiiyamgiri丘陵での狩猟、採取、森の生産物に生活を依存している。
 この山岳民族は貧しい経済状況、弱い政治的立場にあり、州政府や外国投資会社から長いこと無視されてきた。しかし、かれら自身の2年間に及ぶ抵抗運動の末、英国とインドの人権擁護運動とアドボカシイ運動がこれに加わった。こうして世界最大のファンドであるノルウエイのソベリンウエルスファンドを動かしたのであった。
 中東やアジアのソベリンウエルスファンドと異なり、ノルウエイのファンドは厳しい情報公開制度と倫理的基準を持っている。2004年、ファンドは、著しい人権侵害、労働者搾取、腐敗、または環境破壊があった場合の投資を禁止する倫理ガイドラインを定めた。
 ファンドの投資先の評価を担当するのはファンドの倫理理事会である。
 倫理理事会は、Vedanta社がすでにインドに投資している4つの子会社を調査した結果、07年5月15日、ノルウエイ大蔵省に報告書を提出した。報告書は「同社の少数民族に対する暴力と強制収用などを含めた、環境破壊と人権侵害に関しては、十分証明された」と述べた。この倫理理事会の勧告にもとづいて、ノルウエイ大蔵省はVedanta社の株を売ることを決定した。11月6日、売却の完了が大蔵省のWebサイトに掲載された。
 疑いなく、ノルウエイ政府の決定はDongria Kondhグループやその支持者たちの士気を高めた。彼らの活動は報いられたのだ。
 このノルウエイの決定は別の意味でも評価されるべきである。グローバリゼーションは資本、サービス、モノの移動を促進する。だとすれば、同じく、国際投資ファンドの支持をもって多国籍企業の活動を規制することができるのではないか。
 これまで、南アフリカのアパルトヘイト、現在ではスーダンやミャンマーなどの抑圧政権に対して、国際的なボイコット運動を行なってきた。
 今回、民主的な途上国への民間投資プロジェクトに対して同様な行動が取られたのは最初のケースではないか。しかし、ボイコット運動だけが多国籍企業のアカウンタビリティを喚起する唯一の方法であろうか。答えは「ノー」である。

 第1に、少数民族は、州、あるいは国の政治的管轄下に置かれている。そして、州、あるいは国家の政府が、多国籍企業を規制、人権を擁護、あるいはその他のグローバルスタンダードを守らせる法的権限を持っている。
 第2に、純粋に金融的な観点から、ノルウエイ政府の0.16%という僅かな株の売却は、Vedanta Reosurce社の市場での価値に影響しない。金融市場では、ノルウエイが売った株は他のものに売られてしまったからである。
 第3に、ノルウエイのソブリンウエルスファンドの持つ高いガバナンス、倫理基準は、例外である。他のソブリンウエルスファンドが現在のところこれに続く気配はない。したがってボイコット戦略は限定的であろう。