2015年3月13日
北沢洋子

1.米議会でイスラエル首相がオバマ大統領を批判

 3月3日、イスラエルのネタニヤフ首相は、米上下両院合同の議場で演説し、「イランの核開発をめぐって、米・イランが合意することに反対する」立場を表明した。そして、「今後も米国の敵国であり続けるイランと手を結べば、核の大量殺戮兵器の悪夢を引き起こしかねない」といって、米国をけん制した。
 イスラエル首相のオバマ大統領に対するこの公然とした挑戦は、全世界を驚かした。米国がイスラエルの産みの親であり、建国以来、人口1人当たりでは最高額の軍事・経済援助を供与しており、国際政治の場ではイスラエルの権益を損なういかなる決議にも一貫して拒否権を振るってきた米国に対する謀反であった。

2.共和党議員のネタニヤフ首相の議会スピーチ

  一体、オバマ大統領とネタニヤフ首相の間に何が起こっているのだろうか。
 イスラエルでは3月17日に、総選挙が行われることになっていた。その2週間前の訪米というので、イスラエル国内でも批判があった。それよりも、異例なことは、イスラエルの首脳であるネタニヤフ首相が、米議会の共和党議員の招待で、しかも議会でスピーチを行ったことであった。このような招待は、ホワイトハウスや議会の民主党に断りなく行われた。彼らは、これは「外交儀礼」に違反する、と言った。
 したがって、オバマ大統領との面会はもとより、ほとんどの民主党議員がスピーチをボイコットした。しかし、南カルフォルニア選出のユダヤ系Alan Lowenthal民主党下院議員は例外であった。彼は、「ある人は出る」、「ある人は絶対行くべきでない」と言い、ある人は、「私は中立だ」と言う、と記者会見で語った。ある意味で、これは米国のユダヤ人コミュニティの現状である。
 ボイコットした民主党議員たちは、「イスラエル国家の支持」と「その国を率いる政治家の批判」とは一線を画している。つまり、イスラエル支持については、共和党、民主党、ホワイトハウスも一致している。
 出席を決めたLowenthal議員は、「もし、ネタニヤフが一線を越える、つまりオバマ大統領を名指しで批判したならば、私は容赦しない」と語った。
 実際に、演説をボイコットした民主党議員は、上院4人、下院26名の計30人に上った。その中の半数近くは、アフリカ系議員であった。また民主党でボイコットした議員の中の6人はユダヤ系であった。ちなみに、ユダヤ系議員は米議会の中で、21%を占めている。
 テネシー州選出の民主党Steve Cohen下院議員は、「私は、イスラエルを支持してきたし、また今後もそうする」、しかし「今回のナタニヤフの演説は、イスラエルに関する問題でない」と言って、ボイコットした。そして「ナタニヤフが4月17日の選挙運動に米議会を利用した」として、「彼は、ジョージ・ブッシュがアメリカを代表していないのと同じく、ナタニヤフもイスラエルを代表していない」と言った。
 多くの民主党議員が、ネタニヤフ首相の議会演説に反対した理由には、ある伏線があった。2月13日、ネタニヤフの訪米の話が出たとき、下院予算委員会議長で民主党ニューヨーク州選出のNita M. Lowey議員が、ネタニヤフ首相に対して、議会での演説の代わりに「オバマ大統領のイランとの核計画交渉について、彼と両党が非公開で話し合う」ことを提案した。ネタニヤフは「考えとく」と言ったが、「その後、返事はなかった」と彼女は語った。民主党の重鎮に対するこのようなネタニヤフの態度は全民主党議員を怒らせた。
 最強のイスラエル・ロビイで、ワシントンに本拠を置く「アメリカン・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」は、議会内で年次総会を開き、民主党議員に出席するよう圧力をかけた。一方では、、彼らは、ネタニヤフの招待とスピーチが、共和党の一方的な招待によるもので、またオバマ大統領に対する攻撃であることを認めた。一方、「親イスラエル・親平和」を唱えるユダヤ人ロビイ団体「J Street」は、新聞に全面広告を出して、「ナタニヤフのスピーチを延期するよう」訴えた。
 また、ネタニヤフの議会演説の紛糾の余波が醒めやらぬうちに、もう一つ共和党のオバマ攻撃事件が起こった。3月9日、定数100人の上院議員のなかで、共和党議員47名が署名した書簡をイラン政府に送った。それは、オバマ大統領とイラン政府の間で進んでいる核開発の「枠組み合意」交渉を批判し、たとえ「米・英・仏・独・中・ロ6カ国とイランの国際交渉で合意しても、米議会の承認がなければ、オバマの次の大統領が行政上の合意を無効に出来るし、また議会はいつでも修正出来る」と書いてあった。さらに「オバマ大統領は17年1月に退陣するが、上院議員の大半は10年、20年と残り続ける」とイランに脅しをかけたのであった。
 この書簡に対して、オバマ大統領や民主党議員は激怒した。署名した共和党議員の中からも「最善の方法でなかった」と反省するものも出てきた。
 このような米国内の事態にも関わらず、ネタニヤフ首相は「私は合意を止めるためには、あらゆる手段を使う」と宣言している。このような不遜な態度は、イスラエルの総選挙の動向が絡んでいる。ネタニヤフ率いる右翼の「リクード」と中道左派の野党連合「シオニスト連合」が総選挙中に大接戦になっている。
 その上、イスラエル国内では、反ネタニヤフの運動が高まってきている。3月7日の土曜日、テルアビブの中心ラビン広場に数万人が「変化を」のスローガンを掲げて集まり、「ネタニヤフの退陣」を要求した。
 このデモは、あるNPOによって組織されたのだが、基調スピーカーが、諜報機関モサドの元長官Meir Daganであったことが注目された。彼は、ネタニヤフを「イスラエルに最大の戦略的ダメージをもたらした」と非難した。
 デモに参加した人は、イスラエル国旗を掲げており、「イスラエルの政策の優先順位を,保健、教育、住宅、生活水準の上昇などにチェンジすべきだ」と要求した。